山口県光市母子殺し犯人死刑で良かったね、
霊的にも死刑判決は犯人にとっても良かった。もちろん殺された妻(当時23歳)長女(11ヶ月)の夫・本村洋さんには当然の判決です。理不尽な犯人弁護団と闘ってきた本村洋さんには「良かったですね・・・」と声をかけてあげたい。
いきなりこんな殺伐な大きな事件をとりあげて、そぐわない、あるいは分不相応かもしれませんが、ひとこと、罪と罰について書いておきます。
スピリチュアル(心霊)的には死刑を執行しても悪霊としてさまよい、この世の誰かにまた憑依して殺人をそそのかすので無意味という論を立てる人もおられますが、わたしはそうはおもいません。
悪霊は「悪」を悪ともおもわない厄介な霊です。浮遊霊となった悪霊が悪霊を本来的(過去世からの因縁)にもった人に憑依することはあります。(一般の多くの善良あるいは平凡人、また徳のある人などには凶悪な悪霊は憑依できません)、
悪霊は悪霊を増幅させ、凶悪な犯罪を起こしますが、
「死刑」は、悪霊に「悪」を認識させえる絶好の機会なのです。
凶悪犯でも、死刑で明日、殺されるかもしれないという極限の緊張状態がつづくと、ある日ある時、自分の犯した罪にはげしくおののき恐れる瞬間がやってきます。これが魂、内なる神、欧米ふうのハイヤーセルフの光の放射です。この魂、内在神の光にはさしもの悪霊も自らの悪に気づきます。このとき「死刑」が執行されれば、その悪霊は霊力を根こそぎ失い、祓い清められてしまいます。
「死刑」は、犯人にとっても罪(つみ)科(とが)を神々さまに許していただける機会です。
古来、日本の神々の教え(神道)では、あらゆる罪は祓い清めによって許されます。祝詞のなかの祝詞、大祓祝詞(おおはらいののりと)には天へのどんな凶悪な罪、国(地上)のどんな非道な罪でも、祓い清めることができると述べられています。
ただし、許しを乞うなら、この世で犯した罪への罰をこの世で受けるという条件がつきます。許されるのは「罰」を受けてからの話です。くり返しますが、「死刑」は犯人にとっても良かったのです。
本村洋さんは「死刑を強く求めたことで私自身も背負っていかねばならないものがあると思います」と深いことばを語っておられます。感銘を受けます。しかし、背負ってゆくものは決してマイナス、負のものではありません。本村洋さんは犯人にとっても良かったことを希求され、実現しました。
本村洋さんには神々さまが使命をお与えになっています。
亡くなった妻と娘さんのためにも、ときには明るく楽しく、そして笑ってあげてください。三人でおもいきりはしゃいでください。生きてください。
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コメント
妙な表現ですが、この判決にホットしました。
また本村さんは9年の間に被害者、加害者という立場を超えた広い視野を持たれたのだなと感じました。
上告しましたが、長引かない事を願います。
投稿 rose | 2008年4月24日 (木) 20時51分
私もroseさんと同じでホッとしました。
本村洋さんがすごく輝いてみえたのは、ひろよ様が書かれているように 神々さまからの使命 をいただいているからなおでしょうね。
投稿 pupu | 2008年4月24日 (木) 22時24分
死刑が犯人が許されるかもしれない機会になるということに驚きました。そうなんですね。そんな気がしてきました。
霊的な面でも勉強になりました。
ありがとうこざいました。
投稿 まさ | 2008年4月24日 (木) 22時27分
私も朝からテレビに釘付けでこのニュースを見ていて、
判決が出たとき、風がすーーーっと
体を駆け抜けていったのを感じ、
涙が溢れてきました。
(実際に風などは吹いていませんでした。)
感情が高ぶったわけでもないのに、
何で涙が出たのか、とても不思議でした。
私が感じたあの風は、総てのものの波動だったのでしょうか?
投稿 ようこ | 2008年4月25日 (金) 11時16分
この事件は最初からとても気になって、すごく憤りを感じ涙が止まりませんでした。賛否両論ありますが私も何か腑に落ちなくて、霊的にどうなんだろうとずっと思っていました。今回の判決で、本当によかったと思う一人です。
投稿 かな | 2008年4月25日 (金) 17時29分
弁護団の行為は、この事件に関わる全ての人(被告も含め)の生命と魂を弄んでいるようで辛かったです。
裁判はゲームやディベートの様に勝てば良いというものではなく、やはり理を外れてはならないと思いました。
本村さんの一言一言が胸に応えました。
投稿 rose | 2008年4月26日 (土) 01時50分
roseさま
コメントありがとうございます。
本村さんの言葉には命が乗っていると思います。
それは、一度きりの命、という並な日常用語をを超えた、永遠の命への混じりのない祈り、がこもっているからのように思います。
本当に長引いてほしくないですね。
投稿 ひろよ | 2008年4月26日 (土) 22時43分
まさ さま
霊的な意味合いを読んでいただきありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
投稿 ひろよ | 2008年4月26日 (土) 22時46分
ようこ様
こんばんは。
コメントありがとうございます。
たくさんの人たちがようこさんと同じような感覚を経験したとおもいます。
感情の波が涙を伴って次から次へと、風のように、それも一瞬のうちに伝わっていったとおもいます。
きれいな一瞬だったとおもいます。
投稿 ひろよ | 2008年4月26日 (土) 22時51分
かな様
良かった、ほんとうに良かったですね。
物事を善悪で単純に判断してはいけない、と言いますが、それでも今回のことは、善悪の判定がきちんと出たとうれしくなったという感情を大切にしたいと思います。
投稿 ひろよ | 2008年4月26日 (土) 22時58分
roseさま
弁護団の弁論から受ける印象は、弁護団自身たちの主義主張の発露でした。
被害者本村さんはもちろん犯人のこともじつは
重きを置いていなかった。
弁護団という”団”(グループ)の陥りやすい矛盾の墓穴堀りになったようにおもいます。
一人一人、一人の人間としてお付き合いすれば、別の面が出てくる、と思いたいですが。
弁護団の上告の意味が私にはわかりません。
投稿 ひろよ | 2008年4月26日 (土) 23時11分
pupuさま
本村さんにとってはとてもつらい出来事です。
でも、神々さまは、そんな本村さんを励ますためにも、わたしたち、多くの人たちに「想いをまっすぐ伝える」使命をお与えになりました。
投稿 ひろよ | 2008年4月26日 (土) 23時20分
本村さんのお話、毎日のように耳にしますが、本当に言葉の端々に魂がこもっていますね。
一言一言が無駄じゃないような感じがします。
また、どんどんと彼自身が見た目にも生気を増してくるように感じました。
最後に初めて見た笑顔で涙があふれました。
弁護団、ただ一人解任された方の事がとても気になります。
投稿 sachiko | 2008年4月28日 (月) 18時56分
sadhikoさま
おはようございます。
今朝、いま佐助稲荷さま朝詣りから戻ってきました。
いい朝です。曇り空ですが、拝殿前では朝陽が虹色の輪をかけて雲間からお姿を現されました。
本村さん、ホントに、、。
投稿 ひろよ | 2008年4月29日 (火) 07時33分