2008年7月24日 (木)

祓い清めの猛暑ランニング

200807241133231 暑いときは暑さを求めて酷暑のロードをさっそう(?)と走れば邪気邪霊はたちまち祓い清めることができます。最短の祝詞・・・

「祓えたまえ清めたまえ守りたまえ幸(さきわえ)たまえ」

と、心中に唱えつつ赤天狗さまのように顔真っ赤っかで小走り(ふらふら休憩も)をしてきました。佐助→銭洗神社前急登り坂→源氏山葛原岡→下り坂→北鎌倉浄智寺前→天園ハイキングコース(鎌倉アルプス)登り坂アップダウンあっぷあっぷ→勝上嶽頂上見晴台→急下り階段→建長寺半僧坊(参詣)で帰路は半僧坊折り返しの同ルートでした。午前9自40分発で参詣こみで午前11時50分帰宅。

ふっ。思い返して書いているだけで汗がまたまた噴き出してきそうです。

帰着後は水シャワーで全身水行、わ~気持ちさっぱり生き返ります。思い返せばこの2月極寒、縁者ガン快癒祈願で全身水浴び水行、水凍る未明午前5時連続10日間のときはさしもの元気hiroyoも歯を食いしばっての観音経絶叫となったりしました。

猛暑ランニング同行の大こども「X」(猛暑ランニング発起人)は走りながら神さま伝えを飜訳翻案してくれました。

「寒い冬に冷たい水を毎日毎日浴びせられて猛暑のときに暑い暑いランニングなんかされた日にゃあ、邪気邪霊生霊の皆さまも憑依できません。取り憑いたらとんだ災難ですよ」

う、(大笑)、そりゃそうでしょうねえ。取り憑きたくないでしょうねえ。そんなわけで猛暑ランニングを当、占い処鎌倉恒例の行事とします。来期は一般公募もして・・・いえ冗談ですからドン引きしないでくださいませ。  ではまた。

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2008年5月22日 (木)

神々さまの応援をいただく方法

滋賀京都方面への出張でご無沙汰失礼いたしました。占師ひろよでございます。京都では浄土真宗ご開祖・親鸞さまのお墓参り(大谷廟)をさせていただき気合いも新たに仕切り直して新幹線新横浜経由で鎌倉佐助の日常に戻りました。さて、

で、さっそくですが、きょうは幸運の神さまとつながる第一歩初心者向け”簡単””誰でもできる”方法をお知らせいたします。

誰でも簡単などと言っては親鸞さまにお叱りをうけそうな、、親鸞上人は生前の夢告では聖徳太子のご縁があらされます。明治天皇より見真大師(けんしんだいし)」の諡号を追贈されておられます。でもでも、親鸞さまは、誰でも簡単に、唱えることができる「南無阿弥陀仏」のみを念ずれば良いと・・おっしゃたのですもの、ね、、。こむつかしい理論よりできることを実際に行えばいいのです。

それはともかく、

ですので、まず、あなたが夢中になれること、したいことを書き並べてください。・・そんなもの思い浮かばない・・そんなことはないはずです。

ちなみに、わたしhiroyoが書き並べたのは、
「草むしり」「お裁縫」「占い」「お料理」「お掃除」、でした。

書き並べたうち、すぐにでもできることを、できるだけすぐに、実行してください。15分以上30分くらい、興にのれば時間をいくらかけても構いません。わたしは諸般の事情あって翌日になりましたが、30分「草むしり」をしました。草むしり大好きなのです。至福の時をすごせます。至福ロードを駆ける夢の乙女の心地・・夢中なひととき。

この至福、この夢中・・が大切なのです。いまこのまま、いまこのとき、過去でもない未来でもない今この瞬間に熱中している幸福の傍に神々さま(天使さま)が近づいて来られるのです。意識過剰になっては至福の時が途切れて神さも遠慮されます。

ただ、ひたすら大好きなことを15分以上行う。

それだけです。

ただし、それが”幸運の神さまとつながる”方法であることを知って行ってください。目的の不明な行為より、目的を知っている行為のほうがはるかにいい結果を生みます。もう一点、その至福の時に、時折、頬笑んでください。頬笑み・・頬で笑う、頬の肉をやや上に上げて頬で笑います。大声で笑うとヘンなので頬笑みます(笑)。

あとは、待てば海路の日和あり、です。いつのまにか、あなたの人生に幸運の神さま天使さまがついておられることに気づきます。  では、また。

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2008年4月11日 (金)

運不運は感謝の色で決まる

運不運は感謝の色で決まるようです、と、きょうは佐助稲荷神社月次(つきなみ)祭日での神下さりのお言葉をいただきました。

え? なんのことおお・・。おもわず前のめりになられる方もちらほらおられます、が、訝らないで聞いてくださいね。

感謝は、ありがたくおもう心から発するお礼の気持、です。
色は、この場合は色合いです。

この色合いがきれいか、混じりけがあるかないか、純度が高いか低いかによって運不運のデバイド(格差)が生まれる。この場合のデバイドとは恩恵を受けることのできる人とできない人の間に生じる運不運、幸福不幸の格差、段差を意味します。「幸福段差」と呼んでもいいかもしれませんね。

きょうの月次祭にわたしはお稲荷神さまへお供え物をお持ちしました。その対価としてなんらかの私的なご利益をお願いしたとしたら、お願いしてもいいのですが、色合いはあまりよろしくないのです。私的を利他(誰かの為をおもって)と替えても、これだけのお供え(お賽銭でもおなじ)を出したからいただくものはいただきたい、と、これではやはり色合いはよくないのです。

100円(一千万円でもおなじ)払ったから100円(一千万円)の価値あるものを求めて当然なのが現世社会での社会ルールのようにおもわれています。そう割り切って生きてゆくほうがエネルギッシュで社会的功利を得やすいかもしれません。

しかし、ご神示はちがいます。応分の対価を求めて得る利益にはかならず応分の不利益がついてまわる。三輪明宏さんのおっしゃる「正負の法則」ですね。富める者、脚光をあびる人には必ずそれなりの大きな不幸がのしかかってくるという説ですね。でも正負の法則は現世法則の一つであって神さまの絶対法則ではないのです。

感謝の色を良くすれば負はついてこない。すでについてしまった負でさえ感謝の色合いがきれいになると外れて昇華してゆくのです。心や身体の負を意識されている方はぜひぜひお試しください。

金員(金銭)へのそれなりの対価を求めない。労働へのそれなりの対価、報酬(金員)も求めない。金銭にしても労働にしても、それを応分のものへの交換物という意識があるかぎり正負の法則に幻惑されます。どこかで不幸を背負います。

金銭は金銭ではなく、これを自分の心を現したものだと心底におもう。感謝を捧げる。

労働にしても報酬目当ての行為ではなく、これを自分の心を捧げると心底からおもう。感謝を捧げる。

こみあげる感謝が感謝の色合いの純度をきれいにうつくしいものに光らせます。そうしたきれいな光にはかならず神々さまの光が降ろされ、想像以上の、おもってもいなかったご利益があふれんばかりにもたらされます。負のないご利益です。

なーんだ、けっきょくご利益おねだりじゃないか、とおもっていては・・・このデバイドは永遠に超えられないかもしれないけれど、それもこれも人生ですよね。

でもでも、リストラ通告が取り消しになった、生来の側湾症が消えた、理想の彼と結婚できた、末期ガン宣告を受けたが4月に退院し職場復帰・・・などなどミラクル、奇跡の神恩をいただいた方々は意識的、あるいは無意識的にしても、この感謝の色合いが過去とはくらべようもないくらいきれいになった結果でした。

今ひとつ理解できない、でもいいのです。理解が肉体化するまでには時間がかかるとおもいます。でも心の片隅にでも、この「感謝の色合いの法則」を、佐助稲荷神社の大神さまご縁ということで記憶のどこかに留めておいてくださればうれしいです。 

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