2008年5月16日 (金)

森は歌が好き♪ CW・ニコル

占師ひろよ”母”はきょう金曜日は京都に移動しました(西本願寺)。明日は鎌倉に戻ります。お留守居の大こども「X」&ニャンコのミケちゃん夜更かし元気、生き生きです。

Nicol_01 「森は歌や音楽が好きです。森でチェロ演奏、弾きおわっても拍手しないでとお願いして静かにしていると、木々がわわ~わ~♪♪♪とうれしそうに騒ぐんだ、大きく揺れて。でも電気のはダメ、ごめんなさい、エレキはだめ、森では」(CW・ニコル)

「どんな生き方をしていますか? う~ん、照れずに言います。自然であること、いつもゴールを目指していること」(押切もえ)

「心臓外科医にゴールはない。世界の誰一人、おなじ心臓はないんです。外科手術で必要なのは1/イメージ力 2/判断力 3/技術力 。テクニックは3番目」(心臓外科医・東洋の魔法手術医・須磨久善)

「ジムにもエステにも行かないです。森で”氣”をいただいています」(浜美枝)

「コケの魅力を一言で表すならば、その「単純さ」であると答えるでしょう。コケは進化の過程で無駄なものを削ぎ落として、より単純(シンプル)に進化してきたと見なせます。
物事がより単純な方向に変化していくのは、自然の摂理の一つ。コケはそれを体現しています」(上野健・国立極地研究所特任研究員。 きょう金曜夜のテレビ「タモリ倶楽部」0:15~コケ博士で出演http://sphagnum.chesuto.jp/

「豊かさって何ですか、豊かさは居心地がいいことです。ゴージャスを意味しないよ。アパートの一室、窓辺に緑の鉢が一つあると豊かだもの」(CW・ニコル)

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2008年5月14日 (水)

ものごとに善悪はないのか!「X」

母ひろよ琵琶湖方面出張中不在につき「X」でございます。寒いですね、冷夏(旧暦だと今年は5月5日から夏)かなぁ、いや、ま、ミャンマー(チャイナ勢力圏内)大災害についでチベット領四川省でも大地震大災害、チャイナ(中国)政府も・・・。

脚下照顧!!(多くの犠牲者にご冥福合掌)。(多くの生存者救出早く求む)。

2007720173805 殺された120万人チベット人、共産主義革命で殺された4000万人の中国人たちの悲しみ悔しさの怨念連鎖がつづきます。チベットのパンダ(四川省棲息)を利用しての外交、聖なる山チョモランマ(チベット領土)頂上に中国国威発揚の聖火を軍隊使って持って上がったりは、もう止めてください、外国にまで出張って国威の声荒げての赤い赤い旗振り回し運動も、、、チャイナの皆さま。

ぼくも、本当はチャイナの皆さまとお友達になりたいのです。

あ、文責「X」です。

”母”は絶対政治絡み非難の文は書きません。物事に善悪はないのよ~、事実があるだけ、そのままこのまま、と常々言い聞かされています、(^^)、でも。ぼくは善悪を決めつけての仕事ばかりしてきました。新聞、週刊誌、夕刊紙、写真誌、月刊誌を媒体に。なのでつい、つい習慣で、つい。でも、

「ものごとに善悪はないのよ~♪ 事実があるだけなのだから」

このセリフが耳になじんで、ぼくは、じつは仕事にやる気をなくしてしまったのです。途端に年収まぁまぁがみるみるるるる急降下、、因果!! (でも、ぼく自身の財布にはお金が前よりも増えて貯まっています。ありがたいプチ奇跡、金運感謝、報恩!!)

で、何が起きたか。

まずロウソクの炎がきれいな虹の七色の輪に見えだしました。人のオーラがぼんやり浮かび、ときどき天の声が聞こえます。何かが視えたり、前世過去世の旅に出かけたりします。あちゃあ、まずいよ、脳神経科のお世話になろうかと病院の前までいったのですが、でも勇気がなくて帰ってきました。(常時そんな状態ではありません。その気になったときだけそうなるだけで普段は何も聞こえないし視えない能天気モンにすぎません)。

でも”母”は大喜びなんです。

唯物主義、功利主義、目に見えないものは大嫌い・・なぼくがいつのまにか、神々の存在をうなずき、あろうことか前世過去世に興味をもち、あげく、顧みもしなかったご祖先にもおもいを寄せるようにもなったからですね。いろいろな人に「霊能力がある」とも言われました。

でもでも、ぼくはやはり普通の人でございます。

でもでも”母”は神事占師という異能の女です。一週間完全断食やら、この2月に寒中連続しての早朝5時からの冷水浴び行を実施する異能です。異能の傍にいると普通のぼくがときどき異能の連鎖になるのもむべなるかなとも思います。

異能の秘密を解く鍵の一つが、

「ものごとに善悪はないのよ~♪ 事実があるだけなのだから」

という言葉にあることはたしかのようです。
目に見えたり手に触れたりできない、遠い遠い世界、宇宙規模の広い遠い世界のただなかにある一点にも満たない一点である存在としてのぼくを感じたときだけは、たしかに、善悪という基準のない世界がわかるようにも感じます。

善悪の物差しを捨てれば、たしかに気分は晴々します。

異能を解くもう一つの鍵は、入門編は、

善悪は認めるが、善悪の物差しは使わない、ということのようでもあるようです。すなわち善悪の判断を下しても良いが、その判断基準をからただちに離れる。。。では、また。

追記:”母”ひろよ17日(土)には帰ってきます。中国四川省(チベット)には四川核安全監督ステーション(核爆弾)があります・・・善悪ではなく、事実です。無事安全でありますように祈願。

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